慈愛/杉菜 晃
 

 鐘の音がひときは澄んで響いてゐる
 高原の牧場
 風は爽涼として
 日は明るく照つてゐる

 ここに一頭
 健康優良の乳牛がゐる
 乳が溜まつて乳房が張るものだから
 たまらずクローバーの地面に
 坐つてしまふのだ
 乳は雌牛の体重に押されて
 弥が上にも滴り
 地を白く濡らしてしみ込んでいく
 思はぬ養分に
 地味は豊かに肥えていくだらう
 …………
 ともあれ
 豊かさとは かういつた
 滋愛に始まるのだらう

 日が傾くと
 雌牛は日課のやうに
 影を曳いて帰つていつた

  ☆★

 かつて彼女が坐つてゐた跡には
 クローバーやチモシーが
 毎年盛り上がつて茂つた
 ―泉があるのでは―
 と牧人が覗きに行くほどに

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