Voyage/恋月 ぴの
 
洗面台に両手をついて
鏡面にうつる
わたし自身の姿に
すまし顔のわたしを脱ぎ捨て
背後から
すべてを包んでくれる
あなたの胸元にすがりついてしまう
ひとは誰もそうするように
突きつけられた現実に目を背け
束の間の夢見に溺れていたい
うなじに打ち寄せる
あなたの熱い息づかいは
わたしの思うままであって欲しいのに
高鳴る期待を弄んでは
とどめの瞬間を窺う野獣のように
いつまでも動こうとはしなくて
(早く動いて欲しいのに
焦らされて
あなたに焦らされて
火照った頬は宙をさまよって
感じてしまう
はだけたバスローブも
洗面台に置いたネックレスも
あなたとふたりで
あてどない航海に船出する貨客船の
船尾に沈む
夕陽を名残惜しく見送りながら
遠ざかる
どこまでも遠ざかって
何故か取り残された気がして
あなたの腰を両手で急かし
後退するすべてのものに追いつこうと
スクリューのうねり泡立つ波間で
あなたの動きにねじ伏せられて
しろうさぎ遠く跳ねた夏の夜の夢




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