鞄/音阿弥花三郎
 
試みに彼の鞄を持ってみる。
牛皮製らしいそれは大きさばかり目立つが相変わらず軽い
きっといつものように家族が入っているのだろう
そのことは彼から聞かされている
彼は信用するに値する人物なのだ
だから中身の真偽を詮索する気はない
もっとも私自身に詮索の方法がない
ジッパーもなければ留金もない
なぜなら彼の鞄には口がないのだ
ナイフで切り裂くと言う手段があるが
それはやり過ぎというものだろう

ジクジクと融ける鞄
私の視野から逃れもしない

彼は毎日と言っていい位その鞄を持って私の家にやって来た
夕食を終えてぼんやりテレビを見ていると
玄関で嫌に元気な声がして、彼であ
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