いる/下門鮎子
掃除夫は掃除する
私は挨拶しない
掃除夫はいなかった
私はいなかった
私はどこにもいなかった
掃除夫もどこにもいなかった
私はしばらくして
掃除夫の存在を消してしまったことを恥じ
なんとかこの罪贖おうと
白い紙に
掃除夫
と書いてみた
掃除夫は掃除する
と
私はどこにもいない
紙に書かれた掃除夫は
私の前に現れたのか
否
そこには
掃除夫
という文字が擦り付けられただけ
それは名ではない
私は掃除夫が誰なのか知らない
私は掃除夫の顔を思い出せない
私はそもそも掃除夫なんて言わない
お掃除のおじさんと言うのに
掃除夫
と書いて
私はますますお掃除のおじさんを消した
私はどんどん透明になった
足早に歩く人々は
互いに挨拶しない
確かにいる人々は
ここでは
どこにもいない
どこにもいない人々の群れを
電車が運んでゆく
彼らのいるところへ
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