書かれた−母/音阿弥花三郎
 
人は知らない。
父が湿地帯に行く本当の理由を
子どもは知らない。

子どもが生まれる以前
しばしば父と母は
湿地帯の高い草の中へ入っていった。
ある日無数の白い鳥がそこから飛び立った。
その日から二人で高い草の中へ入ることはなかった。

寝室に母の生理用品が散らばり
その中に母は座っていた。
子どもは何が起こっているのか
わからない。
しかし今の様子がただ事ではないのは
わかった。
だから子どもは母の顔を見ることが出来ない。

母は戸口に立っていた。
その扉の向こうは湿地帯だ。

  *

母は捨てる
母はすべてを捨てる 
母は子どもを抱いて火を放つ

父は拾う
父は母の捨てたすべてを
焼こうとするすべてを
拾う

母が隠匿した本当の事を
父は知らない
父が結婚に求めた本当の理由を
母は知ってしまった。

火の中で
母は子どもを抱いてひときわ激しい炎となった
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