Die Forelle D550 Etwas Lebhaft/芳賀梨花子
 
引き取った。梅屋に買い取られた家は取り壊しになるそうだ。わたしはいてもたってもいられなくなって、あの家へ、倉渕村から浅間隠しをまわって、わたしは一人であの家に行った。見ざる言わざる聞かざるを奪い返すために、あの家に行った。耳を澄ませば祖父が岩を呼ぶ声。まだ子供の母がルリボシヤンマを追い、祖母がルバーブのパイを焼く香ばしいにおいのする、あの家、あの庭。夕暮れ。肌寒い風。照月湖の靄。わたしはあらんかぎりの力を振り絞って見ざる言わざる聞かざるを奪い返そうと必死になる。動け、動いて、一緒に帰ろう、新しいおうちへ行こう。三人はわたしのことなんて知らん振り。見ざる言わざる聞かざるはびくともしない。お願い、お願
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