夏のまもの/なな子
緑の川面で
すっぱり足を切った あの夏
鳥の声も流れる川も赤い血も
シャツを濡らすしぶきも 眼を焼くキラキラも
子供の歓声も もうすべてすべて手をすりぬけて
あっちへ行ってしまったよ
あっちへ行ってしまったよ
滲みるほど灼けた肌に
母がタオルをかけてくれた あの夏
熱を出したプールも 隣の野球中継も
遠くの祭囃しも 熱いとうもろこしも
もうすべてすべて行ってしまったよ
あっちへ行ってしまったよ
いつしか時間が過ぎて
満員電車に揺られていても
窓枠に広がる入道雲が
あれを隠し持っている
あの雲の切れ間 切れ間に
かつての夏は閉じ込められている
小さな壜につめられた炭酸のように
裸足に熱いアスファルト プールの薬の匂い
あたりの出るアイスキャンデー おばあちゃん家の物置
まるで宝もののように
子供の僕はそれを見せびらかす
もう行ってしまったよ
行ってしまったよ
ぜんぶあっちへ行ってしまったよ
そうして今年の夏も
もうすでに駆け出す準備をしている
ぜんぶ行ってしまったよ
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