ラブ・アンド・ピース/銀猫
風景は翠に染まり
懐かしい記憶に薄荷の味がする
今、ひんやりと誰かの影が映った
声を掛けようとしたら
今日の霧雨が人差し指の形になって
口元を制止する
濡れそぼった公園のベンチに
躊躇いながら腰を掛け
水滴を飛ばすように
くるくる回すと
それは傘でなく
視界全体が不思議に回転を始め
古いアルバムの扉が開いた
ピアノの鍵盤に弾かれる小さな手や
傷を作った華奢な膝
そして鉛筆の端を噛む癖
退屈すると分かっていて
ついて行く魚釣り
その真っ直ぐな栗色の髪は
きっとわたしだった
大人と呼ばれて幾年もが経ち
父の日をとうに忘れて
今日もせかせかと動きながら
時間ばかりが過ぎてゆく
わたしの幼い頃を
皴に挟まれた眼で懐かしむ
あなたの気持ちが今日は分かる
遠い記憶は少し煙たく
銀の蓋と紺色の空に
金の鳩が一羽いて
堅い背中には
そう、あなたの煙草の匂いがした
気位高い猫の
背毛が湿気に萎えて
肩が少ぉし細く見える
梅雨のはしり
頬に霧雨
染みる
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