不感症の夜に/望月 ゆき
あのひとの記憶がしずむ海は、いつしか防砂林で見えなくなった
越えられない高さに、すこし安心した
砂が、降って
深く深く沈んで 底まで
皮膚だけが呼吸をわすれて、ねむる
いつしか あのひとの
面影にさいなまれることもなくなり
それなのに
容易に寝付けないまま
わたしの夜が音をたてる
わずかにずれていく音階に
からだを寄せると
遠く、幼きころ
鍵盤にそっとのせた
細い小さな指先のふるえを思いだして
いっそう 深く深く
沈んでいきそうになる
ソの音だけが いつも
弱々しかったわたしの、小指を
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