姿見のうしろの物語/佐々宝砂
ざらざらした鮫肌が、
背中の方から大仰な音を立てて裂けてゆき、
やがて腹も頭もすべてばらばらの肉塊になってしまう。
私のその肉塊の中から黄色い歯列を拾い上げる。
これをあのひとにあげなければ。
あのひとはここから遠いところにいる。
ツンドラの空から飛び立って、
また梅雨時の日本にまで戻らなければならない。
しかしどうやれば私は飛べたろう?
ここには高い窓はなかった。
上昇気流もなかった。
あるのはただ高いつっけんどんな木々ばかりだった。
私は木々に拒まれ、
もしかしたらあのひとにも拒まれたまま、
針葉樹林のただなかで
鮫の歯を握って立っていた。
自動筆記による。2002.9.01.
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