さまよえる幼魚の骨/黒田康之
あなたの手はいつも潤っていて僕は戸惑ってしまう
涙みたいだ
そう思った
あなたが生きている時間の中には
行き場をなくした幼魚の群れが泳いでいる
おそらく何万という幼魚の群れであなたはできあがっていて
こうして咲きかけた桜の下を歩いているときも
その路に迷った幼魚は蠢いている
夕方
ただでも切なくなる時間に
あなたはメロンパンを
立ち寄ったこともないファミリーマートで買って
少し食べて仕舞った
ぼそぼそと喉を降りてゆくパン屑は
君の中の幼魚の餌になるのだろう
僕はあなたを引き止めるために
あなたの手を握った
すると
不意に小さな棘のようなものが
僕の指に突き刺さった
あれはきっと幼魚の骨
行き場のないままに死んでしまった幼魚の骨
あなたは笑った
その笑いは本当に遥か彼方からやってきたような匂いがした
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