薄いインクに/霜天
 
朝が来るごとに
あなたが私を忘れていく
遠い誰かの名前を呼びながら
階段を上っていくその背中は
その先へ、飛び出していくように見えて
私はそっと指先を噛む

目の奥を覗き込みながら
通り過ぎて、遥かな空を見ている
そんな高等技術をどこで覚えたのだろう
あなたはもっと、遠くへ行くことが出来る
厚みのない声で、手を振っては
窓枠の隙間から、今日も零れている


砂漠に降る雨を知っている
砂の零れる空を知っている
赤茶けた煉瓦の混ざる記憶で
どこへでも、行くことが出来た
旅立つのなら手を振っていたい

薄いインクに
筆先を沈めると
静かな波紋が
底のように広がっていく
広がる円を、いつかは歩きたいから
いつもここで、手を振っている


今日も欠片を集めると
ひとつだけ足りない
パズルの前で静止している
私が、あなたから忘れられていく
この家の隙間や、世界の余白に
沈むように目を閉じれば
きっと私も
遠くへ行くことが出来る、はずで
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