モーツアルト/前田ふむふむ
して、青い洋館のテラスでベンチに横たわっていると、奥まった静けさの中から 室内合奏の楽器群があらわれて、穏やかな音楽を奏ではじめる。
暗闇の白さが立ち上げるアダージョ。
打ち寄せる、冬を見つめる楽章。
モーツアルト、
俄かに軋みだす激情のフォルテ。突き抜けるユニゾン。
体が燃えている。呼吸が波打っている。
高熱に魘された頭の中を、通り過ぎる幻想の樹をもつ、顔の無い黒衣の男。かすれる奇声。わたしの意識は混濁して、肉体は溢れる汗を浴びながら、深い眠りに堕ちて。泥のように溶けて。・・・・・・・・
終止符の無い時間に、雪崩のように押し流されて、正気がこころの扉を開けると、水平な夕べの街灯の下、わたしは、かつて首を吊った男が住んでいた「モーツアルト」という名の洋館の廃屋を、眺めて立っていた。
だが、わたしは穏やかだった。いや、むしろ高鳴る鼓動に歓喜していた。モーツアルトの荘厳なレクイエムの旋律が、私の胸を熱くおおっていたからだ。
戻る 編 削 Point(3)