いのちの感性/前田ふむふむ
の上で、風の粒子のように、
夥しい曖昧な過去のなかに溶けていけるだろうか。
適わぬならば、僕は、濁った海底の塩をすすった都会の喧騒に佇むひからびた体を抱えて、鮮やかな今を、霞みかけた棲家の中に導いていけるだろうか。
朝、窓を開けたとき、世界が剥製になって浮かんでいる。すべての繊毛たちは戦慄する。嗚呼、天使がくれた葡萄酒が、精霊に飲み干されて仕舞っている。
僕は、分かっていた、記憶していた、運命の爛れた灌木の中で、
始めから死んでいたという事実、
そこからすべてがはじまるという事実を。
空よ。太鼓を鳴らして下さい。
灯台のひかりで、惨めなぼろ船が酔っ払い、千鳥足で戻ってくる。
船の体液には僕のいのちが宿っている。
空よ。嵐が来る前に、知らせて下さい。
僕が汽笛を精一杯鳴らせば、大地は翼を携えて、
船を地上に持ち上げる。船は全身に帆を張って、
空から降ってくる、
絶え間なく忘却をもたらす血液を、受け取るだろう。
その時まで、暫く、愛のことばをいくつか覚えておこう。
すべてがはじまる、そしてすべてが通り過ぎるその時のために。
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