しりょ/久野本 暁
 
黒い汚れを擦り付ける音があまり聞こえなくなった

払っても払っても残る言葉の端くれに
吹きかけた息と共に飛び出す唾の水気


気まぐれに付け足した一言を褒められたり
深く深く悩んだ一言が「惜しむらくは、」と下されたり
全く分からないものだ


あまり静か過ぎては駄目なので
風と音の吹く街路樹の下に寝そべってみよう
あまりうるさ過ぎては駄目なので
声と文字の無い森の中で叫びだしてみよう

さざなみがよかったのかもしれない
ざわめきがわるかったのかもしれない

正解は無いのですよ と諭されて
三百六十度が草原に成り変わる

どこ へ いけば いい のか わからない
どこ へ いけば いい のか わからないんだ


音のしない方へ行けば 群集が嘲笑のまなざしを向けてくる
音のあつまる方へ行けば 狼が諦観のまなざしを向けてくる




そうして私達は知りえぬ内の旅人と成った
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