仄かな言葉/白石昇
はまずないのだ。もし仮にわたしの耳が音声を感知するようになったり、わたしの目が赤と黒以外のいろいろな光を感じたりする事ができるようになったとしてもわたしが他の人が、視覚や聴覚で感じているいろいろなものを知らないのと同じように、わたしがいま感じている温度や湿度、堅さ、匂い、気配などをわたしと同じように感じられる人はどこにもいない、と思う。
わたしは改札口へ向かって歩いた。それは大蒜の濃度に従って歩いてゆく事と同じだった。改札口を出て迷うことなく私は左の方へ向かって歩いて行った。
二週間ほど前までは、とおりゃんせ、のメロディーに従って横断していた横断歩道でわたしは、点字ブロックをステッキで
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