初春の乙女/鏡文字
 
金の糸で刺繍をした
赤いビロードのカーテンの奥で
博士は言った。
そのカーテンの刺繍はなんだか
俺には少しずつ動いているように見えた
ナナフシのような形の
幾何学模様

博士は言った。
俺の知らない誰かの身振りの
真似をして
博士の様子はどこかいつもと違って見える
やけに陽気で
少し残忍だ
ジョーカーだ
ジョーカーだ
と俺は独り決めして
黙っていた

博士は言った
でもきっと本当はこう言うべきだったのだ。
「アウグストゥスは月を落とした。
 何度も、何度も。
 でもそのたびに月はまた昇ってこられたのだ
 可逆性の地平から。」

それが親切というものだ
しかし博士が言ったのは、こういう言葉だった。
「虚無に恥じろ」と。
でも言わせてもらえば
俺は実際、毎分毎秒それについては恥じっぱなしだ
初春の乙女のように
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