ヴィーナス/たたたろろろろ
彼女は両腕を失ってしまった。それはそれは悲しかったことであろう。
黒く光るグランドピアノ、銀色のハープ、古いのを買い換えたばかりのタイプライター、少し小さめのテレビ、立派なオーディオ、白くて大きな冷蔵庫、鳩が出る柱時計、木製のテーブル……腕を連想させるもの、全く関係のないものまで部屋中を破壊しながら三日三晩泣き続けた。
夜、男が長旅から帰ってきた。男は性質(たち)の悪い強盗団との決戦の跡のような部屋、泣きすぎたためと寝不足のために真っ赤に乾いた彼女の瞳、そして肩にある筈の物がついていない彼女を見て驚く様子もなく隣に腰をおろした。
そしてゆっくりと旅の思い出を語り始
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