風切羽/石畑由紀子
 
38億年分を10ヶ月の間で
駆けぬける赤ん坊は
腹の中 ある時期になると
両腕に生えている立派な羽根を
一本一本抜いてゆきます

その間に
両足はするすると伸びてゆき
指先に爪が生え
土踏まずができたころ
懐かしいあの土の感触を思いだすのです

太陽の下で獲物を追いかけ
足の裏で大地をかみしめるその瞬間の
ひざの屈伸とふくらはぎの躍動を
懐かしいこの肉体に呼び戻すために

いらない羽根はおいてゆくのです
なので母の腹の中には
赤ん坊の最初の泣き声のぶんだけ
風切羽がひらり と
残されています




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