夜の情景/前田ふむふむ
未知の匿名を泳いでいる。――
螺旋状に登る煙が、
慎ましい家庭の匂いを、
黒い空に伝えて、
家の窓辺の前の、大きな水溜りに、
畳んである薄い温もりの痕跡を映す。
それは鬱積する血液の履歴、
夜の爪で強く削り取れば、
流れる淀んだ冤罪のざわめきが、
夜の闇に溶け込んで、
遥か名も無き石碑に止まる時、
飛んでいる梟の、涙が椿の葉に静かに落ちる。
軋み出している夜の断片は、
静寂の声を搾り上げる。
季節が年輪を重ねて、
儚い今日の残りを刻んでも、
夜の皮膚の内壁を照らしていた無言の月は、
細かく剥落してゆく媚びた引力を溶かして、
鮮やかな数式の夢の扉を開く。
夜はすくすくと立って、
映る現象を先鋭な明るい闇に誘い、
更に深い夜の中に身を投じてゆく。
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