手紙/嘉野千尋
 
  昔、あなたに宛てて書いた手紙
  あなたが受け取らなかったので
  まだ手元に残っている


  手渡そうとすると
  あなたは決まって困った顔をしたから
  わたしは何故なのだろうと
  いつも不思議に思っていた


  ある朝、目覚めると
  唐突に愛に気付く
  愛されていることに、
  そしてより深く愛していることに気付く
  そんな一瞬が訪れるまで、
  言葉にしてはいけないのだと
  あなたは予言者のように囁いた


  恋をして、
  胸の中に生まれる言葉を
  愛しているというその一言で
  終わらせてはいけないよ


  子どもの無邪気さと
  冷めない熱で、想いを綴った
  あの日々のように
  ほんの少しの愚かさが
  今でもあなたの愛を欲しがっている





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