東京/落合朱美
東京は
私たちの隠れ家だった
誰も私たちを知る人などない街で
なにもかもを忘れたふりをして
ただのオトコとオンナになるための
狭くて大きな隠れ家だった
東京タワーも水族館も
私たちは知らなくて
ただふたりで居るために選んだ街
ふつうの恋人みたいに手をつないで
歩道橋でじゃれあったり
商店街で夫婦みたいに
買いもしない大型テレビを物色したり
不機嫌なウエイトレスのいる喫茶店では
叶うはずのない「もしも」の話を
思いつくかぎり並べたてた
ふたりの「もしも」はあぶくになって
都会の雑踏の中で
空へ昇って
やがて 消えた
東京は
いつし
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