幼き歌声/アシタバ
月夜
枯れ枝が影を伸ばして扉を開けた
幼子のたどたどしい歌声が
夜気に流れた
眠ったまま儚くなった子どもが
死んだことも知らず歌っている
灰のように静まり返った家内で
若い母親はテーブルに顔を伏せたまま動かず
父親は一所を見つめてやはり動かなかった
幼子の歌声は
彼らの冷え切った肉体の周囲を何度も旋回し
わずかながら温もりをもたらした
やがて戸外に出た歌声は
夢見るように棟々の屋根をかすめ
夜空高く舞い上がると
遠くいなかの祖父と祖母の寝所に
飛び込んで
覚えたての歌を得意げに歌って聞かせた
祖父と祖母は寝ながらに
それを聞いて
上手だねと口を揃えてほめたので
ますます調子付いて同じ歌を繰り返し歌い続けた
あんまりはしゃいだせいで
次第に眠くなってきて
そういえば夢の中なのに眠くなるなんて変だなと
気がついたとき
歌声はやみ
祖父と祖母はともに目を覚まして
手を取り合って泣いた
戻る 編 削 Point(1)