往診/霜天
 
悔いなんてなにもない
なんてどうでもいい嘘をついた
その部屋は冬の海のように
優しく揺れ続けている
雪に咲いたあの花の名前を
結局思い出せないままだった

君は時計とともに僕の部屋へ来て
あちこちに指紋を残していく
としんとしん、と床を叩いては
早くよくなってね、とつぶやいていく
いつもの、そう呼んでいた景色の向こうで
君は雪と一緒に溶けていく


動き出そうとしても、動けない
凪いでしまった海のような
部屋は今日も明るかった
部屋はどうしても、明るかった
君のため、なんて嘘を
ひとつでもここに残しておけばよかった
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