海に出るつもりじゃなかった/佐々宝砂
けなしの小遣いを全部とられたことがある
道端の溝にはまっている父を見たことがある
あまりべろべろに酔っているから
頭にきてキャットフードを父に食わせたことがある
それどころじゃない
呑んだくれた父は
家蜘蛛を生きたまま食ったことがある
さすがに酔っていても蜘蛛はまずかったそうだが
まあそんなわけでさ
酒呑みなんて大嫌いだ
酒呑みなんてのはみんな大馬鹿だ
酒呑みにだけはなるもんか
本当に真剣にそう思っていたんだよ
だけど
好奇心から乗り込んだ船の
綱がはずれて海に漂っていった
古い物語があったね
あの物語みたいに
私は
出るつもりじゃなかった海を漂っている
やがて私を溺死させるかもしれない
グラスのなかの琥珀の海
2003.10.15
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