拝啓 高村光太郎様へ/砂木
 
文芸部の黒板に でかでかと 展示した

その後 十二歳の時から 三十年近くに渡り
孤独な時 つらい時 都会で 山道で
私は 幾度この詩を うたっただろう

ある時は 声をひそめて
ある時は 叫ぶように

火星がでている 
火星がでている
まだ 負けない
まだ 負けられない

意味など知らなくても 気迫に惚れた
少しづつ年をとって 意味をさぐりながらも

しかし 書くとなると致命傷だった
なにを書いても光太郎様のようになり
それが 惚れたということとも理解できず
自分の詩が書けなくなったと 思い込み 
今なら それこそが自分の詩であったと
許せるのだが
しかし 光太郎様は 自分の詩を読んで
書けなくなった子供がいたなどと知ったら
悲しむだろうと 勝手に 大人になってから判断し
私のことなど まったく知らないのに
私だけ 子供から 大人になって
今だに 詩を書いて

裸木のような
燃え上がる魂

きっと私が死んでも
火星が でている

ああ あたりまえか








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