居酒屋の椅子/白雨
 
 
 路地裏の地下の居酒屋の
 脚の腐った肱掛椅子よ
 アルコオルの飲みすぎだ、気をつけろ
 主(あるじ)みたいになっちまう

 禿げたあたまは僧侶のようだが
 畢竟やっぱり女ったらし

 太っちょなマダムのところへ行ったきり
 ここ一年は帰ってこない

 なつかしい骨牌あそびは
 主よ、おまえの番で停まったままだ

 痴呆のきた柱時計が
 昨日なぜだか怒鳴っていたが
 肱掛椅子よ
 おまえには、その元気すらないのだね

 あれだけ言ったに
 お前はまた飲んぢまった。
 最後の一瓶。

 無くなってお前は、
 静かに眠りにおちいった

 ものおとひとつない部屋に
 高窓から光が一条さしこんで
 ゆうべ、
 カタリと屍のくずおれる音が響いた


 そのとき、草原で
 負傷兵がひとり目を覚ました。
 足のない、ひとりの負傷兵が。
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