春の人工衛星/ZUZU
質に入れたはずの女房が
ある日ひょっこり帰ってきた
質流れでもしたのだろうか
おかえりというと
ただいまもいわず
お茶だけ
のひとことで
台所に立ちお湯をわかしはじめる
そのうしろすがたは
まぎれもなく
美術学校のかえりに
はじめて
僕のアパートをたずねてくれたときの
かたくなな少女のままだった
あの日
トイレも共同の六畳部屋には
うすい西陽がさしこんでいて
黒い髪を耳のうしろにかきあげる
きみのほほのうぶげは
たしかに金色だった
僕の書きかけの小説を
きみは読んでくれた
とてもほめてくれた
あんまりほめられたので
つづきを思いつけなくなってしまった
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