空虚なる充実/伊藤洋
目の前には、闇が広がっていた
そばにした女
手を伸ばしながら
もう片方の手で電気を消すと
闇の中に君の顔が一瞬浮かび上がった
目の前には、闇が広がっていた
浮かび上がる白い肌
彼女の体温が上がるにつれ
その上を這う指先の指紋が
僕の感覚のすべてになる
目の前には、闇が広がっていた
オルガスムを迎える彼女
額の汗をぬぐい
手術を終えた医者のように
僕は小さく息をした
目の前には、闇が広がっていた
愛のない性
透徹した理性が
これは修行だ、と語りかけ
僕を快楽から自律させる
目の前には、闇が広がっていた
無防備に寝る女
シャワーを浴びるために
女を一人後にするとき
生の孤独が訪れる
廊下を
手探りで進む
目の前
には
闇が
広がり
僕の心は
少しだけ
空虚になり
その分だけ
充実に満たされた
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