罪のない子供たちの歌/岡部淳太郎
 
子供たちが
イチゴ味の歯磨き粉で歯を磨いている
ひとりで それぞれにひとりで
みんな歯を磨いている
だって寝る前には歯を磨かないと
お母さんに怒られてしまうだろう
君はお母さんを困らせたくはないだろう
だからこうやって一所懸命に
歯を磨いている
イチゴの味で
君の中から流された血
君の中を流れていた血
その色を思い出している
夕焼けの
ほんとうの ほんとうの 先のほうで
君はそうやっていつまでも歯を磨いている

何故 君はいってしまったのか
大人たちよりも ずっと ずっと先に
ほんとうの 先のほうへと
あんまり晩くなってしまったから
もう 君を迎えにいくことも出来ない
あんまり遠くなってしまったから
もう 君の姿を見ることも出来ない
曲がり角の夕焼けの向こうで
君が待つ時間はあまりにも長いから
大人たちは
君がいないことの大きな問題に
胸を煩わせなければならないんだ

どうして夜はこんなに暗いの?
どうして夜はこんなに寒いの?
どうして夜はこんなに長くつづくの?



(二〇〇五年十二月)
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