小説/加藤泰清
 
 朗らかな、朝。親父は居間で自殺していた。なんともおかしな話だ。部屋の中は煙草のヤニが染み付いているはずなのに、どうにも糞尿の臭いが鼻を刺す。オレはその異様な空間で、地上五センチの隔絶で人は死んでしまうものなんだ、と妙に感心していた。
「あああああああああああっ!」
「うおい!」
 右耳から左耳へとなにかが通り抜け頭がゆらついた。オレは右後ろを振り返った。断末魔の叫びは母親のものだった。母親は力無くへたり込んでしまった。
「ん、……あー…………」
 何か声をかけようと思った。しかしなんと慰めればいいかわからず、なんとなく照れくさくなって、オレはまた親父を見た。今度は顔がはっきりと見えた。
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