偶然でしかない/ナオ
賭けのために娘ひとりに声をかけたのも
その娘が遊びつかれていて
しかもひどく傷心だったことも
雨がちょうど降ってきたのも
折りたたみ傘を広げて中に入れたことも
アンクレットの些細な発光が
路面ににじんでいたのも
家を飛び出したまま
どこにも帰る理由がなくなっていたのも
満員電車で倒れこんでしまい
君が袂を一べつしたのも
思いがけない言い争いに激情したのも
しばらくしてかたわらで水を飲んでいたのも
君がごめんなさいと言うしかなかったのも
ネオンサインが赤く光っていたことも
夕日があの日は遠かったことも
めくったページにさらに君を見つけるのも
しおりをはさんでおくことになるのも
もう泣かないでとつい抱きしめてしまったのも
ずっと偶然でしかなくて
背中に流れる黒髪と触れただけの輪郭と
手のひらと息遣いだけが確かで
滑り込んだ微風が胸を伝い
もう違う言葉が必要だと息を吐いた
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