尾崎喜八「山の絵本」を読む/渡邉建志
こで、山と音楽という題を与えられた喜八さんは、私の経験にもとづいてしか語れないのだ、と前置きをしてからこう言う。
一体、山を歩いていて音楽を想うというよりも、私の場合だと、音楽を聞きながら山地の自然や生活を聯想するというときのほうが遥かに多い。
そして、「魔弾の射手」は山地そのもののヴィジョンを私に与える、だとか、シューベルトのリートは何ということなしに山を想わせる、といい、
いつも彼シューベルトの音楽の底を流れているあの響き、それこそ最もしばしば真の登山家の独(ひとり)の心に触れて来るもののように私には思われる。
そうなのか。次にシューマンが出てくる
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