青い封筒/服部 剛
した頃があった
(共にいた女の胸の内に拭(ぬぐ)えぬ闇に
(ひっそりと咲く真紅の薔薇を
(抱き寄せることもぎこちなく
(密かな想いばかりを胸に募(つの)らせていた
あの頃
刺さることの無かった恋の矢の代わりに
降り積もる雪の言葉で綴られた便箋(びんせん)と
遠い昨日の女が微笑んだまま色褪せた一枚の写真は
青い封筒の中に息を潜(ひそ)め
もう長い間
男の部屋の机の引き出しの奥に封印されている
閉店したレストランの入口から
店員に握られたホースから放たれる水に
地面を流れる洗剤の泡は
濁(にご)ったミルク色のさざ波で
よじれたタバコが無数に落ちたアスファルトを
蝕(むしば)んでゆく
(一体何処の昨日までさかのぼれば
(遠く置き忘れた純粋を思い出すのだろう・・・
寂しい丸みの背中に刺さった
青春の色で光る矢は傾いたままに
夜風に運ばれる
弾き語りの青年達の唄声に背を向けて
静かに高鳴る鼓動を胸に殺し
男は女と約束した場所へ向かう
一夜の夢に誘(いざな)われ
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