秋の椅子/銀猫
 
薄暗い廊下の突き当たり
古い鍵を回せば
きらきらと埃が舞うだけの部屋

東のカーテンは色褪せ
ピアノの音色は床に転がって
ソナチネの楽譜も気付かぬふり

窓の外には
金木犀がほろろ零れ
日記帳の何処かの頁に
シャーベットオレンジの栞が挟まれる



こころという区域の
奥にひっそりと佇む椅子は
木の感触が少し冷やりとします

いつ用意したのか
もう覚えてはいません

本当はあなたのために
置いた気もします



久しぶりに
部屋の埃を掃って
あなたにお茶を淹れましょう
愛情という不出来な焼き菓子と
木の葉のかたちのお砂糖を添えて

窓から眺める一面の鱗雲に
小さくため息をつきながら

記憶も曖昧な思い出話を
ひとつずつ
秋の中へ還しませんか




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