泣いている人/桜
泣いているのはあの人である
公園の日陰にあるベンチに腰掛けて
遠い目をしていた いつか
ずっと昔心を寄せた人の事を思い出していたのか
それとも。
その乾いた細い指の触れてきた道程を
僕が知り得る事などない
泣いているのはあの人である
煙草があまり似合わなかったあの人
マフラーを巻くのが下手だったあの人
読めない洋書を集めていたあの人
いつも電話に出てくれなかったあの人
靴下の左右なんか気にしなかったあの人
ちっとも僕の名前を覚えてくれなかったあの人
みんな泣いているのである
僕はその全ての指先が撫でてきた道程を
知り得る事などない
同じように僕の道程など 多分皆知らない
泣いているのはあの人である
僕はその天文学的な数など知り得ない
そして差し出す木綿布すら持っていないのだけれど
そんな僕だって当然 泣いているんである
泣いている
あの人が 泣いている
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