小詩集「書置き」(六十一〜七十)/たもつ
夕食の準備をしている妻が
冷蔵庫を覗き込みながら
帰りたい、とつぶやくのを
僕は聞いてしまった
翌日故郷に向かうチケットを
二枚買って帰ると
妻は冷蔵庫の前から
決して動こうとはしなかった
+
男の人と女の人が
投入口から
コインを次々と入れていく
いろいろな形や大きさの
コインがあるというのに
いつまでたっても
必要な金額を満たさない
側では小さな男の子が所在無さ気に
蟻の行列を見ている
とてもわかりやすく言えば
僕はそんな子供だった
+
すっかりと細く
その気になれば
どこの隙間にでも
当てはまりそうなのに
わずかばかりの肉体
その厚みのために
わたしはまだ
いなければならない
遠くから
下校途中の子供たちの
声が聞こえる
わたしにもあんな時があった
そして
その声を聞いていた人が
確かにいたはずなのだ
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