孤狸庵先生の面影を探しに 〜‘04 8月 Poete on the Road 旅行記より〜/服部 剛
 
る僕の前に、再び狐狸庵先生の微笑
む面影がぼんやりと浮かび、

「 なぁ、「男はつらいよ」の寅さんだって、
  何度もフラれているじゃあないか、
  そういう哀しい経験を糧にして、
  いいものを書きたまえよ。       」

 その一言だけ言い残して、狐狸庵先生の面影は消えた。
僕はIさんに会えなかったということよりも、うっすら
と浮かびあがった狐狸庵先生の面影のあたたかい慰めを
感じ、瞳にたまった涙が、頬に流れた。僕は席を立ち、
レジのおばさんに「鎌倉から来たんですけど、関西のお
そば、美味しかったです。」というとおばさんは優しい
笑顔で「また、こちらに来たらお越しください。」と言
ってくれた。
 飲食店街を出た僕は、青空に微笑む狐狸庵先生の面影
を振り返り、密かな約束と決意を胸に秘めて夙川駅の改
札に入り、再び列車に乗った。 


 * このエッセイは「周作クラブ」の会報(20号)に
  掲載した文を加筆・訂正したものです。    




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