海の中で生まれた気がする/霜天
海の中で生まれた気がする
始まりは遠い手のひらの中
重ね着をして、重ね着をして
風邪を引かないように眠っていた頃
どこへでも、の世界は
指先まで暖かくて
つまずかないように歩けば
いつまでも暮れてはいかなかった
大きな約束は
遠回りをするよりも
手を繋ぐよりも
近いような、遠いような
あの頃はもっと、それよりも
深いところで漂って
海の中で生まれた気がする
大きく、深く呼吸をするのを
水底から見ていた気がする
きらきらと晴れた水面を
つかみたかっただけなのかもしれない
今もただ
つまずきそうになる足で
つかみたかっただけなのかもしれない
水底から、浮上する
泡がはじけて溶けるように
何十分とも、何十年とも
それだけの世界を漂って
ただ、ただいま、とだけ
伝えたかった
のかもしれない
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