ワサビ頌歌/佐々宝砂
 
そんなにもあなたは甘味に飽きていたか

横にくわえてがりりとかじる
根ワサビの香りは
ぬるま湯にふやけたあなたの脳髄を
一瞬すこやかに澄み渡らせた

しかしあなたは知らないのだ
どんなに清冽な渓谷から
採ってきたとしても
どんなに新鮮で高級なワサビだとしても
ワサビはワサビだけではワサビの辛さを持たないのだ

それからこれは
あなたも必ず知ってるはずだが
あなたの吐血をよくみると鼻水が混じっている
要するにそれは単なる鼻血で
つまりあなたはちっとも死にそうではない

だからふぬけた香りと辛味が
あなたにはちょうどよかったのだろう
がりりとそのまま噛み砕くのが
ワサビの醍醐味だと信じているなら
それはそれで平和だが
いささかワサビがもったいない

あなたではないあのひとは
あかるい台所で
ひとつまみの砂糖をワサビにふって
ゆっくりそっとやさしくまるく
すりおろす

あのひとは知っている
ワサビの香りの鮮烈を
その辛味の激越を
あなたよりも

戻る   Point(1)