ウミガメ/芳賀梨花子
 
ちゃんを抱きしめて
泣いた

その夜から
亀ちゃんは石段にいない
病院に戻ったからだ
怪我の治療だけではなく
多分、当分出られなそうだ
と、亀ちゃんのお母さんが
彼女はやつれていて
小さな老女だった
亀ちゃんがいつか私に言ってたっけ
カアサンハウミガメジャナイ
だから
ご迷惑をおかけしました
なんて、私に言うんだろう
迷惑をかけたのは多分
私のほうだと思うのに
亀ちゃんは石段ではなく
ベンチに座っていれば
よかったんだ

私は砂浜を歩くのをやめて
自転車を買った
やがて海の家が撤去されて
お店にもお客さんが少なくなった頃
彼が迎えにきた

あれから何年経ったんだろう
お店はもうなくなっていて
砂浜に抜ける地下道だけが
あの夏の抜け殻のようにそこにあって
石段には
亀ちゃんがいなかった
今の私には
夫がいて
恋人がいて
子供がいて
そして私は
欲望する女であって
ボクノウミガメチャンには
もう、戻れない







2001/8
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