冬の砂浜物語/
 
ココナッツの香りが喉元を下っていく
まだ舌の上では炭酸とパイナップルの酸味と刺激が踊っている

夏に行った海を思い出し
冷えた両足をこすり合わせた
「寒くてやってらんねぇ」
窓を開けて煙草に火を点けた
荒れきって猫の舌のようにざらついた舌が煙草の煙を嫌がっている
膝を抱いて窓の外を眺めたけれど
瞼には海しか映ろうとはしない

砂浜に波の音
潮の押し寄せては引いていくのに合わせて走る僕
砂に刺さっている見たこともない貝殻を耳に押し当て
自分の体の中に海を作ろうとした僕を笑った君
どうしてあんなにも優しく笑うんだろう
君は白い砂の上にくっきりと靴の跡を付けながら静かに歩いた
理由もないままに僕は両手を広げて走り出し
振り返っては君の姿ばかり確かめた
「人魚姫は泡になって消えて逝ったんだって」
そう呟くと同時に
海は瓶の中のピナ・コラーダと一緒に僕の体の中に消えていった
彼らは人魚ではなかったけれど

白い吐息に混じって煙草の煙がたなびいては冷たい風に吹き飛ばされた
小さな短刀を胸に残したまま


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