幽閉の森/千月 話子
教わった記憶を呼び覚ました私に敬礼を
力無きこの腕を 仰向けの空へ掲げた
相打ちの兵士の亡骸から
どうどうと流れ出る冷血は
ザラついた大地に溶けて
赤い色素だけが 無のまま残っていた
彼もまた犠牲者なり 彼もまた・・・
震える少女の手のひらは 睡蓮の蕾
口元に落ちる水流は 聖水
私の背中から流れ出る血が
終わりを遂げようとしている
少女よ、あなたは生きてください。
時々、震える瞼から美しい涙を流して
私に それを与えてください。 黙礼
サヨウナラ元首よ。
さようなら少女よ。
そして、ただいま 祖国よ。
聖人よ、折れた兵士の流血を吸収する大地に
木や花を絶やさぬように
冷血が密やかに逃亡するので
閉じ込めておく 幽閉の森
夢の中にあるのか 現実にあるのか
「沈むような濃い空気の森へ入ってはいけないよ」
と 誰かがザワついた葉の声で言うのです。
「昨日までの思い出を 赤く燃やされる前に逃げなさい」
と 言うのです。
あなたは、まだ生きなさい。
戻る 編 削 Point(12)