豆腐(国産有機丸大豆使用)に注ぐ涙について/佐々宝砂
かにあるという
清い水湧く秘密の場所めざして出発した。
道程の最後は歩きであった。
秘密の場所にたどりついた我々は休む間もなく
清水を汲んで沸かし大豆を茹であげ
それをまんべんなくつぶし清水で薄め
それを京都で織られたという布巾で濾し
それが適当な温度になったことを確かめニガリを投入し
それが固まるまでのあいだも休むことなく
沢に入ってワサビを採取し鮫皮ですりおろし
(わずかに砂糖をくわえることを忘れてはいけない)
超特級醤油と焼酎を用意した。
我々は期待に打ち震えて豆腐を眺め
まだ生ぬるい豆腐の白くなめらかな表面に
うっすらと醤油をかけワサビを添え
箸をとった。
そのとき突然の喝采とファンファーレが我々の耳を聾(ろう)した。
それは我々の仕事をほめたたえる拍手であり
テレビ番組制作者が挿入した音楽であり
スポンサーからのお知らせを告げる声であった。
なんたることか!
我々はできたての豆腐を前に涙した、
我々はバカなことをしたかったのである。
否、バカなことをするべきときだと信じていたのである。
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