水彩の夏/嘉野千尋
 
  君のいた夏が終わる


  故郷を知らないという君が
  旅先で描きためた風景画、
  古びたスケッチブック


  迫る山並み
  水田に映る空
  夕暮れの稜線
  風に揺れる風鈴


  海を知らないと言った僕のために
  君が使い切ってしまった青い絵の具


  濃淡に揺れる波
  遥かに望む半島の影
  砂浜の向こうに、白い灯台
  

  君の描いた、
  わずかに滲むあの風景が
  遠い地の思い出が
  僕の憧れのすべてだった


  僕は海を知らない
  水彩画の中には君のいた夏

  
  わずかに滲んで、君のいた夏が終わる
  


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