『批評は誰のためのモノか?』/窪ワタル
 
であり、批評家とは「紹介する人」のことである。詩人の側が、そのことを踏まえずに、「好評」に浮き足立ったり、「酷評」うろたえたり、ましてや反論、抗議などするに至っては、本来なら「無作法者」との謗りを免れない所ではあるまいか。読者と評者との関わりの中には、詩人本人は割り込んではならない、オヨビデナイから失礼である。

こうした理解が前提になっていないのがネットという場なのである。これは大変残念な状態であると云わなければなるまい。このままでは、ネットにおける詩作の発展や、有望な詩人の発掘(或いは育成)、詩の読者獲得の可能性などを、小さく、狭いものにしてしまう遠因ともなりかねないとの恐れは、果たして私
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