初物の桃/黒田康之
 
香気がどこからかぼくの指にしみこんできた
朝日はいつの間にか木陰を
ありありと作るくらいに大きく育って
父は病んだ体を褥に起こして
指先から瑞々しい桃の果汁を滴らせながら
桃の果肉を噛み砕いている
時々シャリシャリとも
カリカリともつかない音をさせて
背中を丸めて桃を噛んでいる
ぼくは自分がこの初夏の木陰であって
そうしてあの桃に照らされている
小さな現実であることを思い知らされる
こうしてまた夏が来て
日差しはいつにもまして暑いのだけれど
父とははるかに違う回数の夏を
この桃の香気によって
微かにではあるがおぎなって
ぼくは父と同じ地平に立つ

父ははあはあ
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