書く動力 10/Dr.Jaco
の殻でもなく
一回かぎりの
伸縮があった
(1989頃 カッコ内は今付けた注釈)
私はセックスを他人事のように書きたいと思った時があって、それは今もそうで
ある。これもまたお定まりの「逃げたい」ということか。他人事のように書きた
い、ということは、私事を私事のまま他人に押し付けるのと同じくらいうさん臭
いのである。ミシン目で切り取って、切り離して終われるような「私」がいるこ
とを望んでいるのは、私事を書きまくって、精液といっしょに飛ばしてしまおう
とする位に無責任だとは思う。
ただ、自分の掌を合わせた感覚と、妻の掌を握る感覚の違いだけが私に詩を書か
せる動力なのか。その位相の違いはやはり、皮膚の内側が外側へ拡散する力なの
か。掌や舌先を差し込んで確かめるものは何なのか。
結局自分だけが生きていることを確かめたいだけなのか。
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