独りの浜辺/プテラノドン
「樹になっていたのは、英知の実か、生まれたての赤子の眼か?」
と思っている ねまき姿の女が、砂浜の段丘に坐り
紅いリンゴを齧っていた。夜だった。海面には
たくさんの耳が浮いている。なかには
有名な芸術家の耳もまじっている。死んだ彼等は
そわそわ漂いながら、誰かに拾われるまで
そうしているつもりだ。あるいは
ささやかであれ、幻であれ希う誰かの声を聞こうと
耳をそばだてていたが、彼女が「くしゃみ」をする
と、満足したのか、驚いたのかいっせいに耳は消えた。
無音の浜辺には海へとつづく足あとがあった。
「独りで歩いていったのは私」と思いながら、
女はふたたびリンゴを齧っていた。
波を―、はてる波を見ながら。
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