鱗坂/岡部淳太郎
 
れた凪の昼。繰り返すことを無償の労働として、少年は母を忘れてひたすら鱗を拾い集めつづけた。



そして、ふたたびの航海。ふたたび四年に一度の時化の夜。少年は坂を上りきらないまま、あの時のままで年老いる。集めつづけた鱗はいつしか皮膚にはりつき、少年は少年の時を喪失したままでその場に倒れる。傍らの松の実は相変らず落ちることなく、乾いたままで時の証人となる。少年は海を見ていながら海に入ることなく、言葉を持たない死魚となる。母はついに帰って来なかった。父でさえも。鱗に満たされた坂の説話は、岬の奥の村でやがて語られる。ひるがえるはずのない翼。空の夢。海と空の、その青さは恩寵のごとく、塩辛い。



(二〇〇五年六月)
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